2017年7月5日 / 最終更新日時 : 2017年7月5日 Web担当 歴史・文化 「大山街道を歩く!!」募集中!! 「大山街道を歩く!!」募集中!! 全8回の日程で赤坂御門から大山山頂までの大山街道を巡るウオークイベントを行います。 参加者には事前説明会を開催します。 お問合せ&申し込み 宮前区観光協会事務局(宮前区役所 […]
2016年6月17日 / 最終更新日時 : 2016年6月17日 Web担当 歴史・文化 宮前区文化協会作品展 宮前区文化協会の作品展が宮前市民館ギャラリーで6月22日(水)まで開催されています。 素晴らしい作品がたくさん揃いました。 ”ハワイアン リボンレイ”の中野先生は、ハワイで開催された大会で2015年に優勝されたまし […]
2016年2月29日 / 最終更新日時 : 2016年2月29日 Web担当 歴史・文化 宮前区文化協会-春の音楽祭 恒例の宮前区文化協会”文化講演会福祉チャリティー”「春の音楽祭〜響〜」が3月12日(土)に宮前市民館大ホールで開催される。 開場 12時30分 開演 13時 終了 16時予定 第1部 東京交響楽団による弦楽五重奏 […]
2015年12月25日 / 最終更新日時 : 2015年12月25日 高橋弘幸 (観光情報記者) 祭り・年中行事 [報告]宮前区文化協会のクリスマス会 12月24日(木)・12月25日(金)と文化協会のクリスマス会が開催された。 宮前市民館内・宮前区文化協会サンタさんと一緒にクリスマスの歌を歌いましょう。 当日は先着100人にクリスマスプレゼントが用意された。 […]
2015年1月24日 / 最終更新日時 : 2015年1月26日 青柳 和美(観光情報取材記者) 歴史・文化 (報告)橘樹郡衙遺跡群 国史跡指定へ「橘樹郡衙跡・影向寺遺跡」 嬉しいですね~川崎市初。 1月24日(土)国史跡指定プレイベントに参加しました。 『橘樹郡衙遺跡群 国史跡指定へ 橘樹郡衙跡・影向寺遺跡』 高津区と宮前区に位置する場所で、今まで何回か行きました。 会場には福田 […]
2014年7月14日 / 最終更新日時 : 2014年7月23日 Web担当 歴史・文化 影向寺の歴史と文化財 を尋ねて(その3)(野川) ≪承 前≫ 9.施餓鬼会 その年は2009年8月5日の施餓鬼会(せがきえ)に御本尊は御開帳されると加藤住職から伺った。その施餓鬼会とは施食会ともいい、仏教各宗派を通じて行われる年中行事。施餓鬼会の由来は「救抜焔口施餓陀 […]
2014年4月7日 / 最終更新日時 : 2014年4月18日 Web担当 歴史・文化 座禅で美しく 東泉寺(平) 日曜朝6時からの坐禅会で心をきれいにして、その後、、本堂で住職と一緒に朝のお勤めです。 準西國稲毛三十三所観音霊場三十三番目の寺で、今年は十二年に一度の観音霊場御開帳の歳(午歳)です。近くには神木堂(二八番),千手堂 […]
2014年4月7日 / 最終更新日時 : 2014年4月18日 Web担当 歴史・文化 影向寺の歴史と文化財 を尋ねて(その2)(野川) ≪承前≫ 5.栄興寺から養光寺へ 聖武天皇が夢の中で僧から告げられた霊石は、加藤住職のお話では、三重塔の支柱の心礎として使用された石という。夢の中の僧は「その石にはいつも聖なる水が湛えられており」と天皇に告げたが、そ […]
2014年1月1日 / 最終更新日時 : 2014年2月18日 Web担当 歴史・文化 創立140周年川﨑市立野川小学校を訪ねて(野川) 創立140周年記念式典を2013年11月2日に開催した川崎市立野川小学校(宮前区野川1269)の歴史を知るため、同月12日に小学校を訪問しました。卒業生でもあり元PTA会長の宮前区観光協会・小泉一郎顧問、中川久資校長先 […]
2014年1月1日 / 最終更新日時 : 2014年2月18日 Web担当 歴史・文化 影向寺(ようごうじ)の歴史と文化財 を尋ねて(その1) 本紙前15号では、昨春、影向寺境内地下の遺跡が橘樹郡衙跡とともに、向後3カ年に国史跡指定の実現を目指してスタートされたと紹介。これを機に、影向寺の重要文化財「薬師三尊」の国宝復活運動にも拍車がかかる。そこで本紙では、影 […]
2013年10月1日 / 最終更新日時 : 2013年10月5日 Web担当 歴史・文化 橘樹郡衙跡及び影向寺遺跡の国史跡指定の取組みスタート 橘樹郡衙(たちばなぐんが)跡及び橘樹郡の公的な寺(郡寺)であったと考えられる影向寺(ようごうじ)について、国史跡指定はかねてより懸案であったが、川崎市では、昨年度に橘樹郡衙正倉域の一部を保存活用用地として取得、また本年 […]
2012年7月1日 / 最終更新日時 : 2013年11月10日 Web担当 歴史・文化 誕30周年に思う、宮前区の今と昔(その1) 1.宮前区の誕生の経緯 宮前区が高津区からの分区により誕生したのは昭和57年(1982)7月1日、今年で30歳になる。分区前の高津区の人口は294115人、誕生直後の人口は148056人と、人口は見事に二分された。現 […]
2012年4月1日 / 最終更新日時 : 2013年10月30日 Web担当 歴史・文化 等覺院、神の木を探して(神木) 1.神の木 宮前区に引っ越してきて20年弱。この1両年、溝口駅前から聖マリアンナ医科大学病院に通ったり、梶ヶ谷駅前から川崎市岡本太郎美術舘を訪ねる際、バスは神木本町を通過する。 最初、バス内のアナウンスがバス停名を […]
2012年1月1日 / 最終更新日時 : 2013年10月28日 Web担当 歴史・文化 野川神明社(野川) 韋駄天を祀り近年はランナーのパワースポット 1.神輿が来た 2010年10月9日は日曜日、小春日和の穏やかな午前、11時頃に俄かに窓の外が騒がしくなった。窓辺に寄る。ここ二階から眼下に見えるスーパーマーケットの専用駐 […]
2011年7月1日 / 最終更新日時 : 2013年10月26日 Web担当 歴史・文化 野川神明社南遺跡(野川) 野川神明社南遺跡第2次調査現場見学会に参加して古代を偲ぶ 2010年3月13日、野川神明社南遺跡第二次調査現場見学会が、主催川崎市教育委員会と㈱盤古堂、協力宮前区観光協会で開催された。今回の第2次調査は、老人ホーム建設 […]
2011年4月1日 / 最終更新日時 : 2013年10月26日 Web担当 歴史・文化 薬師如来像160年ぶりの御開帳 泉福寺(馬絹) 昨年10月15日、馬絹神社例大祭における神輿の第4番目の神酒所が泉福寺の境内、神輿の供をしてきて私は初めて同寺の存在を知った(本紙前第5号参照)。神輿がひととき鎮座したのが樹高15mの銀杏の巨木の傍らであった。美しい黄 […]
2011年1月1日 / 最終更新日時 : 2013年10月24日 Web担当 歴史・文化 馬絹神社と神輿(馬絹) 17年前、宮前区に転居、その年の大晦日、紅白歌合戦が終わり、「ゆく年くる年」が始まり、全国各地の除夜の鐘が流れるTV画面のスイッチを切り、初詣に出掛けたのが馬絹神社だった。転居後三か月で周囲の地理には不案内だったが、何 […]
2010年10月1日 / 最終更新日時 : 2013年10月22日 Web担当 歴史・文化 白幡八幡大神の禰宜舞(白幡台) 白幡八幡大神の夏祭、秋の例大祭に、禰宜舞は舞われる。禰宜舞は、白幡八幡大神の神主・小泉家に代々伝わる、口伝による相伝の舞で、先ず素面による四方祓いの舞いのあと、面・衣装・持物を取り替えて、猿田彦命・天鈿女命・天児屋根命 […]
2010年10月1日 / 最終更新日時 : 2013年10月4日 Web担当 歴史・文化 川崎考古学研究所を訪ねて(有馬)その2 前回、『川崎考古学研究所(有馬)その1』では、川崎考古学研究所を取材して、宮前区とその周辺における古代人の遺跡の発掘・調査・研究と、戦後から今日に至る市域の開発・田園都市化との深い関わりについて述べたが、今号においては […]
2010年4月1日 / 最終更新日時 : 2013年9月29日 Web担当 歴史・文化 しばられ松(神木) その歴史が語る「松」 梶ヶ谷駅前から向ケ丘公園へのバスルートの途中に、「神木」とか「神木本町」とかの町名がある。その町名の由来が何か常々気にかかっていたが、どうやら「しばられ松」にあるのではないかと思い至った。「しばられ松」というのも奇妙な […]
2010年4月1日 / 最終更新日時 : 2013年10月4日 Web担当 歴史・文化 川崎考古学研究所を訪ねて(有馬)その1 古代において、宮前区とその周辺の人々はどのように暮らしていたのか?川崎考古学研究所(宮前区有馬)を訪ね、同研究所所長の持田春吉さんに、古代の人々の暮らしぶりについてお話を伺いました。 川崎考古学研究所は、持田春吉さん […]
2009年11月1日 / 最終更新日時 : 2013年10月4日 Web担当 歴史・文化 影向寺の影向石(野川) 影向石(ようごうせき)は、影向寺(ようごうじ)の名前の由来となった石で、境内の一角にあります。江戸時代の初め万治年間に、当時の薬師堂が火を被ると、本尊薬師如来は自ら堂を出て、影向石の上に被災を逃れたと伝えられています。 […]
2009年10月1日 / 最終更新日時 : 2013年9月29日 Web担当 歴史・文化 白幡八幡大神(白幡)禰宜舞を考察する 源頼義という人物 9月9日、禰宜舞で知られる白幡八幡大神を訪ねた。実は、7月20日の夏祭に禰宜舞が舞われるとインタ-ネットで調べ、楽しみにしていたのだが、前日の夕刻に電話して開催時間を確かめたところ、「今日、先程終了しました」とのお答え […]