有馬療養温泉旅館(有馬) 代表取締役 安岡重高さん

『由緒ある療養温泉旅館』
いらっしゃいませ!創業者の心 今も秘めて40数年 これからも

2011-1有馬温泉(宮前区)

いらっしゃいませ!3代目一剛さんと、ハイ!パチリ

 1965年7月27日、有馬の地はまだ上水道が整備されておらず創業者の安岡孝氏が水を得るため井戸を掘り水が湧きそれが後の泉源となる。古くは世の人びとを様々な病から救ったと伝わる『有馬西明寺の霊泉』、『誠の泉』として古文書に記載されている。影向寺の末寺とされる有馬西明寺が現在の中原区小杉御殿町に移るまでこの場所は有馬西明寺の境内でした。旅館の脇には史蹟、霊泉の効能を知り、当時の厚生大臣『園田直』氏が命名し、皇后陛下に献上された事を記念した『霊光泉』の石碑、八幡宮も祀られその歴史の重さを感じる。1966年、孝氏は有馬療養温泉を設立し、自宅の温泉風呂の無料開放を始めた。その事が新聞で報道され連日多くの人びとが温泉を楽しみに訪れた。重高さんは、「その人の数には驚いた。入りきれなくて待っている人もいた。自分たちが入る事も出来ない程だった。それが毎日だからね」と、やさしさに溢れた笑顔で語った。
2011-1有馬温泉(宮前区)

八幡宮敷地に建つ『霊光泉』の記念石碑

 1968年療養温泉施設として登録し『ここは病気に苦しむ人たちに与えられた場所』と信念を元に営業を始めた。
町並み、交通機関など取り巻く環境が変化してきた現代、湯治・温泉療養・観光の拠点として多くの人びとに愛されている。
機械技術者の重高さんは29歳で家業を継いだ。「旅館周辺は見渡す限りが田んぼ、畑で人家など見当たらない」と懐かしそうに当時の様子を語った。『書物よりも物事は実践』と、お考えの姿は行動力の力強さが伝わってきた。川崎市内唯一の『シルバースター認可の宿』に登録。休館日を利用して「敬老の日無料招待」を30数年間続けている。老人ホーム理事、旅館組合など実に17団体の要職に就いて県、地域で日々ご活躍をなされている。
 「趣味は釣りですか」と尋ねると、「旅館のお客様に『江戸前の味』を味わっていただきたくて東京湾に漁に出る。だから趣味と言うより漁だな」と、お客様の喜ぶ姿に心打たれる思いを感じるとも語った。同席いただいた3代目一剛さんは、歴史に興味がありその深さに驚かされた。お父様の思いを尋ねると『幼少の記憶は温泉の管理をしている姿を思い出す。効率的な温泉の管理方法を作り上げた』、『人任せでなく、自分でやること』、『人と人との関わり』などを話された。その姿は心から尊敬、感謝している様子を私は感じた。
 「父にはいつまでも元気でいてもらい、ただ座っているだけでよい。たくさんの教えられた事を心に刻み温泉を守る」と力強い言葉があった。取材中、宿泊者のお客様、日帰り入浴の常連さんなどが来られて館内は混み始めてきた。いつの間にか日も暮れて、外は冷たい風が吹いていたが取材を終えて素晴らしいご家族の姿を拝見させていただき心が温まる思いを胸に家路に向かった。               
 有馬療養温泉旅館HPはhttp://www.arimaonsen.jpをご覧下さい。
宮前の風5号・2011.1 文・青柳和美)

【注意】掲載記事は、取材時のもので内容がかわっている場合があります。